お祓い

頑張って一年働いたものの、やっぱり行きたくない夫。
 そんなウチの状況を知った会社の先輩が、知り合いにいい占い師がいるというので、紹介してもらいました。
その時の私は宗教でも占いでも何でもいい、藁にもすがる思いでした。
 
行った先は高速道路で三時間くらいの山奥にある一軒家。霊視みたいのができる女性でかなり当たるとのこと。見てもらった結果、我が家と夫の実家にお祓いが必要とのことで、用意するものはお米とお酒でした。彼女は「今まで本当によく頑張ったね。でもこれでもう大丈夫。安心して。」と言ってくれ、思わず涙がポロポロ溢れてきました。早速神主さんに事情を説明し、義母にも連絡して、後日お祓いをしてもらったのです。これでようやくこの苦しみも終わると本当に思いました。信じることしかできなかった。
ところが結果は全く変わらなかったのです‥。もう私の中では、「やるべきことは全部やったし後は夫の運命だと割り切るしかない」「夫には頼らず生きていこう」と決めました。
 
その後の夫は全くの寝たきりと引きこもり状態。
一度は復職できたのだからまたいつか出来るだろうという希望を持って、私は明るい気持ちで過ごすよう心がけました。
そんな気持ちが家の中にいい空気を運んできたのでしょうか。留年が決定しても長男はだいぶ元気になってきて、部屋の中に閉じこもりっきりだったのが、夕食作りだけはこなせるようになりました。

不登校

3年に進級したものの、クラスには行けない長男は、学校内のスクールカウンセリングに行くことになりました。授業中や放課後にに別室のカウンセリングルームでカウンセラーと月に何度か1時間程度話しをするのです。
 

息子は昼間のカウンセリングに行けない日があり、その日は家で泣いていました。放課後なら行けるのですが。「行かなければ」と強く思ってはいるものの、体はこわばり、いうことを聞かず、部屋の中でじっと動けない状態だったみたいです。親子で留年を覚悟した決定打でした。3年生に進級はしたものの、このまま休んでいては出席日数が足りないので、卒業する為には留年してもう一年学校に行かなければならなかったのです。何とか気持ちを切り替えられないかと考え、私の趣味であるロードバイクや登山に一緒に連れ出そうとその頃考えていました。お友達が家に来て会いたいと言っても、「ムリ」と言って引きこもるままの息子。それでも部活には顔を出し、文化祭は行けたようです。親って子供の一つ一つの行動がこんなにも気になるんですよね。ある日のカウンセリングが終わってから何気なく机にあった手帳を覗いたら、「疲れた。しばらく休みたい。幸せになりたい。」と書いてありました。カウンセリングのメモだったと思います。ショックでした。高校生で幸せを感じられないなんて。まだ人生で一番楽しい時って言ってもいいぐらい なのに。どうしたら息子に幸せを感じてもらえるのか?幸せって何だろう?夫の状況は如何にもこうにも変えられない。ならば、私が何とかするしかない。その時から決めたことは、子供には笑顔でいること。ため息をつかないこと。そしてお金の話をしないこと。楽しいことだけに集中するよう心がけたのです。そして登山も本格始動。息子を誘い、彼の登山用品を揃え、近くの山に行きました。登山仲間の友人と3人で行きましたが、引きこもりであっても高校生の息子はさすがに体力があり、オバさん達を尻目にスタスタ歩き、私たちは後からゆっくりついて歩くというスタイルでした。息子には森林浴もとても良かったようです。山行を重ねるにつれ、次第に表情が明るくなっていきました。その後も何度か少しずつグレードアップしながら3人で登山し、中央アルプスの宝剣岳も行くことができました。登山は自分の趣味でもありましたが、やはり登山を通して少しでも自分に自信を持ってもらいたい、違う世界を見てもらいたい一心でした。2人だけで登山をする日もありました。そんな時は自分の話をたくさんしてくれて、息子の知らない一面を知ることができ有意義な時間でした。こうして少しでも息子に寄り添い、自分で歩き出す日を信じて待ち続けました。

 
 

復職したものの‥

2014年 。年が明けても相変わらず引きこもりの夫。髭を剃る回数も明らかに減り、病院に行く時だけしか髭を剃らなくなりました。そして病院へも行かなくなりました。こうなると、また最悪の状態です。一時的に実家で過ごしてもらうことにし、2月から実家暮らしとなりました。主治医と会社からは復職OKと言われているのに、実家では朝から眠剤を飲んで寝ている始末。

 
一方、夫がいない我が家では長男の不登校が深刻化していました。最初はイヤイヤながら行っていたのが、次第に自分の通学自転車に乗れなくなりました。自転車が置いてある庭まで行って家の中に戻ってしまう状態となり、そして制服に腕を通せなくなり、と悪化していきました。3月に入り、三者面談では一応進級が決まったものの、今後については全く不透明でした。学校のない日は元気な息子。ホワイトデーには私にクッキーを焼いてくれたり。そんな息子を何とか元気付けようと、携帯を買い換え、外にも連れ出しました。学校外の世界に目を向けて貰いたかった。
 
そんな中、意外にも夫の復職話が進み、3月から復職決定となり、また我が家へ帰ってきたのです。不安はあるものの、とりあえず大きな一歩前進で、多少なりとも家の空気は軽くなりました。
でも2人のストレスと仕事のストレスで、私も不安定感は拭えず、日曜日の夜はなかなか寝付けなかった。2時間くらいウトウトして眠眠打破を飲んで出社するという生活が続きました。
 
はじめは何とか通っていた夫ですが、半年くらいたった頃には嫌な予感が的中。またもやズルズル休みだし、具合が良ければ出社する程度。
そして年明けの2015年2月を最後に、また引きこもり始めたのです。